カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
最新のトラックバック
フォロー中のブログ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
古くから「速球は打者の餌食」という格言がある。しかし、時速100マイルの速球を餌食にする打者は一人もいない。フィラデルフィア・フィリーズのジム・トーミは、速球こそ最高の球だと言う。「速球を打つのがどれほど難しいか、一般の人に分かるとは思えない」。しかも彼が言っているのは、ありふれた95マイルの速球のことだ。97マイルの速球と100マイルの速球の違いを、ヒューストン・アストロズのジェフ・バグウェルはこう説明する。「100マイルは目の前に来るまで見えないこともある。男と男の対決だ。投手の目にもそれが現れている 野球界の誰もが同意することが一つある [エース] シカゴ・カブスのケリー・ウッドは、ルーキー・シーズンの1998年に、ヒューストン・アストロズ戦で「史上最高の投球」とまで評される好投を演じた。許したヒットは1本、四球はゼロ、そしてメジャーリーグ記録に並ぶ20三振を奪った。ジェフ・バグウェルは、その試合でのウッドの速球をこう表現する。「ぞくぞくした。かつて見たことのない、最高のものだった」 7月末、私はフロリダでウッドが先発するマーリンズ戦を見た。ウッドがマウンドに向かうと、彼を見に来た約3万人の観客から、期待に満ちたざわめきが起きた(マーリンズの観客動員数は、普段は1万5千人にも達しない)。ファンたちは、100マイルの速球派投手がホームラン打者と対決するのを見たがっている。チェンジアップもなければ、緩いカーブも内野ゴロもなし 立ち上がり、ウッドの速球は90マイル半ばだった。手をはためかせるようなオーバーハンドの投球フォームは、飛び立とうとする鳥を思わせる。マーリンズの先発投手ブラッド・ペニーは、一球ごとに全力を込めているかのようだ。ペニーの速球はコンスタントに96マイルに達するが、糸のように一直線だ。ウッドの速球は、重力を無視するかのように、腰の高さから目の高さまで浮き上がる。100マイルの速球は、あらゆる目の錯覚を生み出すのだ。ダミアン・ミラー捕手に言わせれば、プレートに近づくにつれて加速するように見えるらしい。物理的に不可能であることと、実際の感覚とは別物ということだ。 2回裏、ウッドは98マイルを出した。5回にカブスが1点を挙げた。8回にもウッドは98マイルを投げていたが、1対0で迎えた9回、ウッドに疲れが見え始めた。それでもブルペンでウォーミングアップする救援投手は一人もいなかった。勝敗はウッドに委ねられていた。そしてウッドは、最後の打者を3球連続の96マイルで切って取り、1対0で勝利投手になった。 翌朝、私はクラブハウスの椅子に腰掛け、ウッドと話をした。彼は長身で細身のテキサス人だが、いささか腹が出ている。速球派投手の多くは、腰回りの肉付きがいい(たとえばロジャー・クレメンスがそうだ)。それによって、打者に向かって一歩を踏み出す前に片足で体重を支えるとき、安定した軸が出来る。「スタミナのためにも余分な体重が欠かせない」とウッドは言う。「脂肪がエネルギー源になる」。 98年にアストロズから20三振を奪ったとき、ジェイ・レノとデイビッド・レターマンのテレビ番組から出演の依頼があったが、控えめなウッドは辞退している。「テレビに出るのは好きじゃない」とウッドはヒューストンの地元紙に語った。「僕のことなんか忘れてもらいたいくらいだ」 8年生から10年生の間に球速が増していった、とウッドは言う。95年にカブスと契約したとき、彼は95マイルを投げる高校生投手だった。3Aで投げていた97年、ウッドは1試合で4回、100マイルを出した。「特別な贈り物だね、疑いもなく」とウッド。「持って生まれたものだ。人から教わるものではないし、ウェイト・リフティングで身につくものでもない」。そこで彼は間を置いた。「ただ、失ってしまうこともあり得る」 一般に信じられている説と異なり、85マイルの投手より100マイルの投手のほうが腕に余計な負担がかかっているわけではない。両者とも全力で投げていることに変わりはなく、従ってどちらのほうが腕を故障しやすいということもない。とは言え、ほとんどの投手が実際に腕の故障を経験している。ウッドもそうだ。99年に彼はトミー・ジョン手術を受けた。回復後の彼は、以前と同様に全力投球している。フィリーズのホセ・メサのように、トミー・ジョン手術を受けてからスピードが増した投手もいる。 ウッドのような速球派はボールが荒れがちだと思われているが、必ずしもそうではない。目の前を唸りを上げて通過する100マイルの速球を見ると、85マイルのそれより打者には荒っぽく見えるものだ。荒れていると思えば思うほど、打者の心には恐怖心が植え付けられて行く。アリゾナ・ダイヤモンドバックスの100マイルの救援投手マット・マンテイは、「(リトルリーグにいた頃)僕が投げると、子供たちはよく泣いていた」と数年前に語っている。「恐怖との戦いだ。たまにすっぽ抜けを投げてやるといい。バックネットに投げつけてやるのさ」 帰り際に、これからヒューストンに行ってビリー・ワグナーの投球を見る予定だ、と私は言った。ウッドは微笑んだ。「オールスターゲームでジェイソン・ジオンビがワグナーから打ったホームランを見たかい? 100マイルの速球だった。ジオンビとワグナーは、あれが初対決だったんだよ」。ウッドは眉を上げて見せる。「次はどんな球を投げればいいんだろうね?」 [クローザー] ショートパンツにビーチサンダル姿のビリー・ワグナーは、アストロズのクラブハウスのロッカーに腰を下ろし、幼い息子たち、ウィル(5歳)とジェレミー(3歳)とお喋りしていた。子供たちは耳の下まで覆うほど大きなアストロズの帽子をかぶり、大きすぎるグラブを手にはめている。私はワグナーに自己紹介をした。彼は子供たちを追い払った。「さあ、向こうで大人しくテレビを見ていなさい。父さんはこの人と話があるんだ」。少年たちは張りぐるみの椅子に座り、クラブハウスのテレビを見始めた。 高校時代の自分は「チビ」だったとワグナーは言う 「でも、僕は相手を威圧するようなことはしない。それが分かっているから、みんな僕に敬意を払ってくれる。僕は正しいプレーをしたい。打者が一発狙って大振りしたとしても、次の球を彼の頭めがけて投げようとは思わない」 オールスターゲームでのジオンビのホームランのことを聞くと、ワグナーはこう答えた。「おいおい、あれはオールスターゲームだよ。相手が誰であろうと、内角に投げるつもりはなかった。時と場所をわきまえないとね」 小さなジェレミーがやって来て、父親に言う。「お父さん、大好き」 ワグナーは答える。「父さんも大好きだよ、坊や。さあ、向こうに戻ってテレビを見ていなさい」。ワグナーが子供を思いやる父親であることは明らかであり ワグナーの両親は、バージニアの小さな町で若くして結婚した。彼らは喧嘩ばかりしていて、息子を放り出し、親戚の間をたらい回しにした。祖父と暮らした間、ワグナーは何度もムチで打たれた。それから伯母と伯父のもとで暮らした。しかし、どこで暮らそうと、それは貧しさと怒りに満ちたものだった。少年の頃、伯父と伯母の家の外に立ち、野球のボールを怒りに任せて家に投げつけていた自分を、ワグナーは今も覚えている。 「自分の気持ちを表わす方法が、それしかなかった」とワグナー。「しょっちゅう怒りを爆発させていた。今ではそれを、マウンドでの攻撃性に活かしている」 これまでの成功にも関わらず、彼は未だに不安を抱いている。「そもそも僕が100マイルの球を投げられるはずがないんだよ」とワグナー。「小さいからね。6フィート8インチもあるのに88マイルしか出ない人たちもいる。自分で何かをして100マイル出せるようになったわけではない。よくフットボールを投げていたけどね。僕の腕の振りは、クォーターバックのように小さくて速い。僕の脚力が要因だと言う人もいれば、手首だと言う人もいる。でも、僕にはまるで分からない」 今シーズンの自分はかつてないほど最高の状態だとワグナーは考えている。「体の動きがぴったり同期している。あまりにスムーズなので、力を入れて投げている気がしないくらいだ。98マイルを投げるより、100マイルのほうがコントロールがいい。つまり、100マイルを投げるにはフォームが完璧でなければならないし、完璧であれば、コントロールも良くなるわけだ 」 「打者を見ればそれが分かる。相手が打席に入った途端、僕の勝ちだと分かるんだ。打者の態度からそれが見て取れる。打席でやたらと時間を延ばそうとする。1球ごとに振り返って球審を見る。打者というものは、レーダーガンの影響を受けやすい。実際は90マイルの速球を投げているだけなのに、スコアボードに100と表示されると、打者はそれに影響されてしまうものなんだよ」 91マイルのスライダーを身につけ、より強力な投手となったワグナーだが、やはり100マイルの剛速球を投げるほうが楽だと言う。「速球派の投手は、失投しても助かる場合がある。100マイルの速球より、ブレーキングボールのほうが打者には打ちやすい。カーブがぶつかることなんか、打者は気にしていない。100マイルの速球が当たったら、跡が残るよ」 翌日の夜、8回表、2死1塁という場面でワグナーがマウンドに送られた(100マイルの速球投手のほとんどが救援投手だ。1試合で10球か20球程度しか投げる必要がないため、1球ごとに全力投球することが出来る)。アストロズが3対1でカブスをリートしていた。最初の打者はベテランのケニー・ロフトンだった。ワグナーが投球動作に入った。スリングショットのように素早く腕が引かれ、次の瞬間、前に放り出された。99マイル。その球に手を出したロフトンは、ワグナーに向けて弱々しいゴロを打ち返した。あっさりとアウト。 8回裏のアストロズの攻撃が終わると、ワグナーがダグアウトを飛び出して最終回のマウンドに向かった。立ち上がった観客が歓声を上げ、拍手を送る中、石蹴り遊びをする少年のようにワグナーは1塁線をひょいと飛び越えた。1人目の打者に対し、まず99マイルの剛速球でストライクワン。観客が大歓声を上げる。第2球 ソーサに対しワグナーは、速球を5球続けた。99マイル、ボール。99マイル、空振り。観客の声が一つになる。「ウォーッ!」。続いて100マイル、ボール。98マイル、ファール。99マイル、ポップフライ。これで2アウト。観客は総立ちになり、歓声を上げ、金切り声を発し、拍手を送る。最後の打者に対し、ワグナーは100マイルの速球から入った。ファール、ストライクワン。続いて99マイル、ボール。また99マイル、ファール。次は91マイルのスライダー、ボール。そして最後は92マイルのスライダーで空振り三振、試合終了。 1回1/3を投げて、速球は11球だった。98マイルが1球、99マイルが8球、100マイルが2球だった。ビリー・ワグナーの速球を餌食にする者は、一人もいなかった。
by late_bateman
| 2004-08-06 23:41
| MLB
|
ファン申請 |
||